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姫崎地区の参考文献

宇賀神社

1) 両津市誌 町村編上, S57.9.1, 両津市誌編さん委員会, pp347 L9-L11
2) 平成 佐渡神社誌, H8.6.30, 新潟県神社庁佐渡地区協議会, pp162~163
3) 上記文献1), pp365 L16-L17
4) 一般的な図書に拠った

津神神社

1) 平成 佐渡神社誌, H8.6.30, 新潟県神社庁佐渡地区協議会, pp165~166
2) 両津市誌 町村編上, S57.9.1, 両津市誌編さん委員会, pp316 L10-L11
3) 三橋健(みつはし・たけし), "わたしの家の宗教 事典選書 日本の神々 神徳・由来事典", 学習研究社, 2008.3.25
4) 現地看板による。
5) 以下、この段落は上記文献2) pp319 L14 ~ pp320 L15 「満州開拓団入植のてん末」による。
6) 上記5)で「龍江省甘南県東宝地区」とされる。「東宝」は特定していない。
7) 上記5)で「東安省勃利県倭金地区」とされる。「倭金」は特定していない。

姫崎灯台

1) 両津市誌 町村編上, S57.9.1, 両津市誌編さん委員会, pp321 L2,「形状は白色六角形鉄造で、---」
他文献・新潟県の歴史散歩 新潟県の歴史散歩編集委員会編, 山川出版社, 2009.8.30, pp229上段枠「船中からみえる両津の文化遺産」左段L7 - L9では「鉄筋造りでは日本最古」としているが、鉄筋コンクリートではなく鉄製の構造物にみえたため、両津市誌の表現を採用した。
2) 歴史・文化・自然 まるごと佐渡ハンドブックなるほど!!がいっぱい宝の島, 新潟日報事業社, 2010.1.20, pp109右段 L8 - L10
3) 決定版 佐渡ふるさと大百科, 監修 山本仁, 株式会社郷土出版社, 2003.3.18, pp126 L5 ~ L10, 石瀬佳弘氏の署名
4) 上記文献3) pp126 L12 ~ L17
5) 上記文献3) pp126 L17 ~ L22
6) 上記文献3) pp126 L29 ~ pp127 L2
7) 佐渡汽船100年史, 2015.7, 発行:佐渡汽船株式会社, 制作:新潟日報事業社, pp82 左段L11 ~ L25
8) 上記文献7), pp79右段L22 ~ L26、およびpp80左段L1 ~ L21
9) 上記文献7), pp79右段L27 ~ L30
10) 両津市誌 下巻, H01.3.20, 両津市誌編さん委員会, pp400 L9 ~ L13
11) 新潟港のあゆみ 新潟の近代化と港, 編者 新潟市, 新潟日報事業社, 2011.7.6, pp115 L10 ~ L13
12) 上記文献9), pp115 L2 ~ L4

風島弁天

1) 平成 佐渡神社誌, H8.6.30, 新潟県神社庁佐渡地区協議会, pp167~168
2) 山本修巳(よしみ), “かくれた佐渡の史跡 新装版”, 新潟日報事業社, H8.4.15, pp20下段L4-pp21下段L7
3) 現地で確認した墓碑銘「故陸軍曹長 勲六等・功六級 □□□之墓/陸軍中将本間雅晴書」
4)角田房子, "いっさい夢にござ候-本間雅晴中将伝-", 中央公論社, S47.9.9,の中に、予備役となってから、戦死した郷土の兵士のために墓碑銘をいくつか揮毫したことの記述があったと記憶しているが、現在同書が手元にないため、記述の特定はできない。
5) John Toland, “The Rising Sun: The Decline and Fall of the Japanese Empire, 1936-1945”, 1970
6) John Dower, “Embracing Defeat: Japan in the wake of World War II”, 1999,
7) 歴史・文化・自然 まるごと佐渡ハンドブックなるほど!!がいっぱい宝の島, 新潟日報事業社, 2010.1.20
8) 池端雪浦(いけはた せつほ)編, 日本占領下のフィリピン, 岩波書店, 1996.7.26, pp1「序章 フィリピン現代史のなかの日本占領期」, L6~L7「占領期の死傷者数は一〇〇万人を超えている」
9) 上記文献8), pp1 L8
10) 書名、筆者は伏します 。
11) マイケル・ノーマン, エリザベス・M・ノーマン, "バターン 死の行進", (訳者;浅岡政子(あさおか・まさこ), 中島由華(なかじま・ゆか)), 河出書房新社, 2011.4.30, pp542 L19 - pp543 L2
12) 上記文献4), pp297下段L5~L6,
13) 上記文献4), pp297下段L13,
14) 上記文献4), pp297下段L2~L4,
15) 「square四方」としたのは上記文献11)の記述による。