曲紹介

Mother's Spiritual

このアルバムは、2008年に発売された国内の紙ジャケット盤を購入しました。曲数が多いので、聴きごたえたっぷりです。スマイルのところで、ローラ・ニーロの音楽のアレンジはピアノとベースの二重奏的なものが多く、ギターはあまり重用されていない、と書きましたが、このアルバムではギターが結構良い仕事をしています。一方ベースは愛の営みより抑え気味なので、割と普通のポピュラー音楽のサウンド構成に近くなっています。

1曲目:"トゥ・ア・チャイルド"

A Child
ローラ・ニーロの曲でピアノで始まる曲は多くて、珍しくもないのですが、この曲の出だしのピアノと歌声は、とても穏やかで自然な流れを感じます。こんな素敵な曲で始まれば、このアルバムへの期待も高まろうというものです。生活の営みのしんどさ、そこから逃げ出したい気持ち、我が子の将来に託す気持ち、そして自分自身も成長するのだという決意、それらを織り込んで、しっとりと、そしてしっかりと歌い上げます。この曲は次のアルバムの「抱擁」でも出てくるのですが、そちらはもはや痛々しい感じがします。このアルバムの録音の方が良い仕上がりです。

2曲目:"ライト・トゥ・ヴォート"

The Right to Vote
サウンドだけ聴いていれば、さわやか&アップテンポの感じしかしないのですが、「投票」が曲名にあるだけあって、歌詞の内容は政治的であり、かつ、女性の立場からの風刺が目立つようです。途中の「ボタンを押してぶっ飛ばす」なんてのがありますが、1984年当時はまだ、ボタンを押せば大陸間弾道弾が飛んで核戦争が始まるという恐怖に、世界の人達はおびえていました。「電子レンジと着古したミンクのコート」はちょっと唐突ですが、まあ生活感をにじみ出すものと、解釈すれば良いでしょうか。

3曲目:"ウィルダネス"

A Wildereness
この単語をワイルダネスと発音してはいけない。ウィルダネス、ですね。この曲の目玉はなんといっても後半のジル君との語りです。これはちょっと「出来過ぎ」ではないでしょうか。音楽というものに乗せて、こんなことをやってしまうのが、当時は流行だったのか、いや誰かのとっておきのアイディアだったのか、私には分かりませんけれど、いやはや、これにはタマゲタ、です。それと感じるのは、3歳か4歳かにしてジル君はすでに立派な英語を話しています。こういう風に英語を習得して成長していくのであれば、やはり、非英語話者が後から学校で英語を習っても、全く太刀打ちできないのはしょうが無いような気がします。ちょっと打ちのめされた感じです。

4曲目:"メロディ・イン・ザ・スカイ"

Melody in the Sky
ギターが良い仕事をしている曲のひとつ。1分25秒目あたりの「in the sky」から「thru the trees」に切り替わるところの音楽的な流れが恐ろしく素晴らしいです。そしてまた元の音形にしっかりと戻るところも素晴らしい。ポピュラー音楽の3分程度の曲で、このような中間部を設けることはなかなか難しく、その点ローラ・ニーロは天才的な才能を見せます。

5曲目:"レイト・フォー・ラヴ"

Late for Love
このアルバムはここまでの所、奇数番目の曲がしっとり系で、偶数番目の曲がアップテンポです。この曲の途中で「made in Japan」が出てきます。「ドモ・アリガット・ミスター・ロボット」を挙げるまでもなく、当時の日本は貿易面で強かったですね(ああ、歳がばれてしまう)。

6曲目:"フリー・シンカー"

A Free Thinker
私は音楽的な聴音は勉強したこともないし、能力的にもそんなに無いと思いますが、この曲、導入部がマイナー調2コード、サビがメジャー調2コードみたいに聞こえます。なんとなくキャロル・キングのイッツ・トゥー・レイトを連想させます。
ちなみに歌詞カードには「タカ」に関する意味不明な断り書きがあります。全くの邪推ですが、これはある特定の国家のイメージを毀損する意図のないことの断り書きであって、こんな商用音楽の歌詞カードにすら国家の影響が入り込む、ということなのでしょうか。だとすれば、ちょっと恐ろしい気がします。

7曲目:"マン・イン・ザ・ムーン"

Man in the Moon
1984年というのはCDが出てくる少し前ですから、当時はLPとして売り出され、この曲がA面の最後だったようです。結局、奇数番目の曲がしっとり系・偶数番目の曲がアップテンポというのはA面では成立しているでしょうか?サウンド的には、夜の水面に月が映っていて、ときどき水がチョロロンとさざ波を立てるような、そんな雰囲気になっていると思います。

8曲目:"グリーン・トゥリー"

Talk to a Green Tree
このアルバムの特徴として、いろんなところで「木」が歌い込まれていることが挙げられます。この曲は題名そのものに木が入っていて、かつB面の始まりに相応しいテンポです。歌詞の内容は相変わらず皮肉っぽいようです。「私は赤ちゃんおぶった働く女」というところが珍しく早口で、シャドウイングできません。
こんなところで何ですが、このアルバムのベースはリサ・サンシャインという方が弾いています。リサさんというのだから、女性だと思います。前作ネステッドのウィル・リーさんに比べて、あまりベースサウンドが目立たないなぁと感じていましたが、ヘッドフォンで聴いてみると、それなりにベースが頑張っているのが聞き取れます。フレーズの合間などにかなりいろんな小技を入れています。また私自身は絶対にやりたくないのですが、2曲目でギターとのユニゾンにも果敢に取り組んでいます。そういう意味で技術的には優れているのですが、ベースはそういう小技を聴かせるだけでなくて、リズムセクションとしてのお仕事もしなければならないので、大変です。その点、私が最初にウィル・リーさんよりおとなしいな、と思ったのは、ベーシストの問題ではなくて、サウンドの問題の様な気がしてきました。
といいますのも、1978年と1984年での音作りの違いというより、もっと大きな流れですが、ベースのような低音楽器でも時代が下るに従って、基本の低音よりは、音に含まれる倍音成分、(同じことですが)高周波成分を嫌に強調した音で再生させるような流れになってきたと思います。ベースの奏法の面ではスラップといって、最初から高周波成分が多く出るような奏法も一般化してきましたが、それだけではなく、普通の奏法の場合にも、昔のベースのモーン・モコモコというのではなく、シャキシャキした音が感じられるようになってきました。私の感覚では、そういう音は1990年代から一般的になってきたように感じていましたが、なにぶんもう昔のことです。1984年のこのアルバムのベースの音も、ベースの太くて長い弦の基本振動を感じさせるよりは、音の中に含まれる高周波成分を強調した音になるようにしてあると感じます。そうすると、ベースの音の明るさが増して、目立つように予想しますが、実際の所、ギターやキーボードの音域と重なってしまい、かえってベースの音が目立たなくなるように思うのです。このアルバムでベースは頑張っているのに目立たない、というのはそこら辺に理由があるような気がします。注意して聴けば、ああ、ここでベースが小技を入れたな、というのは各所に感じますが、リズムセクション・通奏低音としての役目については聞こえにくくなっています。
この、低音楽器で本来の低音振動より高周波成分を目立たせる、ということに関しては、ベースだけでなく、近年のチェロの録音って、ひどすぎるように感じます。
以上の議論は、音をどのような設備で聴くかによっても異なってくると思いますので、私の個人的意見ということにしたいと思います。このグリーン・トゥリーではベースの音が割と明確に聞こえます。

9曲目:"トゥリー・オブ・ジ・エイジズ"

Trees of the Ages
どなたかが弾いた、分散和音とも音階ともよく分からないキーボードの音が入っていますが、音楽的には無意味です。除いた方が、この曲のしっとりと落ち着いた感じが活きてくると思います。このアルバムは「木」がテーマのひとつ、この曲では「緑のハーモニー」と歌っているので、このページの背景は緑です。

10曲目:"ブライター・ソングス"

The Brighter Songs
実は、この曲チョーお気に入りです。いや、歳がばれているのに「チョー」とか言っちゃダミダヨ、オズサンと、思わず独りボケ突っ込み。それに女性が女性を励ますこの曲を私みたいな中年男が良いと感じることも、それこそ変じゃないか、と言われるかもしれない。でも、この曲はお勧めです。
浮遊するような中間部も良いです。そこから戻ってくる部分「give it to the wild night」の部分が、すっきり戻ったと感じるか、ちょっと苦しいと感じるか、微妙です。でも「あなたの幸せを信じるのよ」というメッセージがとても心に響きます。この曲ばっかり、何回も聴きました。

11曲目:"ロード・ノーツ"

Roadnotes
明るく美しい曲ですが、出だしのキーボード、左手オクターブの交互打ちにのせて右手が奏でるあたり、こういうのを鬼気迫る、というのでしょうか。旅の途中の情景なのかもしれません。人生を旅に喩えるなんてあまりにもありふれていて、私がここでそんなことを書いても格好悪いだけ。歌詞にある30代などはとうの昔に過ぎて、私自身は「全てが欲しい」などと言うことはもう思いもよらない。だけど、この曲は恐ろしく心の奥底に迫ってきます。音楽が良いだけじゃない、歌詞が良いだけじゃない、こんなものに人生の途上で出会えることが、なんと貴重なことか。

12曲目:"ソフィア"

Sophia
アルバムの終盤に差し掛かって、さぁ盛り上がりますよ、の曲。 お兄さんか弟さんが弾いているギターのトレモロが途中でつかえているような気がするのですが、まあいいか、、、そこはギターのブリストさんとベースのサンシャインさんがしっかり支えています。

13曲目:"マザーズ・スピリチュアル"

Mother's Spritual
素晴らしいアルバムの実質的なシメの曲。しかしちょっと残念なのが、普通のポピュラーソングにしてはフレーズが長すぎて、まどろっこしい。日本人的感覚では、メッセージを一杯盛り込んだのでメロディーのフレーズが長くなりました、というのは全然問題ないようですが、私の感覚では、普通の親しみやすいポピュラー音楽のフォーマットからは外れてしまっているように思います。ただしネステッドの最終曲よりは壊れ方が少ないので、この曲はぎりぎりかなぁとも思います。ご本人は別に普通のポピュラー音楽であることなど意識していないでしょうから、これは私の側の問題とするべきかもしれません。でも「peace on earth」でいったん1フレーズにしてしまって「feel this love」は展開部で出すとかにした方が良かったのでは、、、とは言っても、今あるものに対して私が何か言える資格があるとも思えないので、、、。確たる証拠はないですが、なかなか主和音に戻らない長いメロディー・フレーズを書く洋楽のソングライターといえば、エルトン・ジョンさんなんか、そんな感じがするのですが、どんなものでしょうか。

14曲目:"リフレイン(トゥ・ア・チャイルド)"

Refrain
エンジェル・イン・ザ・ダークのアルバムの最後でもリフレインが取り入れられていますが、このアルバムを真似したもののようですね。このアルバム、これで終わってくれれば大変良かったのですが、この次にボーナストラックが1曲入っています。アルバムの統一性から考えて、それは要らないですね。作る側にしてみれば、Track15は本当にオマケであって、購入者がCDからMP3プレーヤーに取り込むときには外すだろうから、ひとつのアルバムとしての統一性に関わるものではない、と考えているのかもしれません。

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このアルバムは、歌詞の内容などから、フェミニズムの色合いが濃いものです。それに馴染めない人もいる、というようなことが日本語解説に書いてあります。私自身は、ローラがそういう方向に走っても、別に良いんじゃないか、むしろその方が微笑ましいくらいだ、と感じたりするのですが、ただしフェミニズムのような分野は個人によって捉え方が違うので、私が微笑ましいと言うこと自体も、男性側からの固定した女性観として、人によっては問題に感じるかもしれません。ですので私がフェミニズムについて云々することは避けます。語るほど何かを知っている訳ではない、というのもあります。日本語解説の中で「60年代から70年代にかけてのひとつの流れを体験したものでなければ、なかなかわかりにくいのではないか」と書いてありますが、それがあたっています。
私個人のことですが、ローラ・ニーロのアルバムを2002年から2009年にかけて聴いてみて、最後にこのマザーズ・スピリチュアルにたどり着きました。大方のローラ・ニーロ・フリークの人とは違う意見だと思いますが、私はこのアルバムがベストだと思います。取り立てて「ベスト」が何か、など、決めつける必要もありませんが。でも長いこと廃盤になっていたのが信じられないような、素敵なアルバムです。2008年の再販盤がいつまで入手可能か分かりませんが、ぜひ、お聴きになってください。

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